『九地篇』では、まず、戦場となる9種類の地域と、それに応じた戦い方が書かれています。
ややこしいですが、前回のは「地形」、今回は「地域」・・・地形+状況と言ったところでしょうか。
『孫子曰く、兵を用いる法に、散地有り、軽地有り・・・』
・散地・・・自国の領内にある戦場となる場所
ここでの戦いは避け、味方の団結を強めましょう。
・軽地・・・敵地の入り口付近
ここに長居は無用です。連携を密接にして素早く行き
ましょう。
・争地・・・そこを獲得すれば有利な場所
敵が先に獲得していれば攻撃してなダメ。敵の背後
に回ります。
・交地・・・敵味方の両方が進攻しやすい場所
部隊を孤立させないよう連絡を密に取り、守りを固め
ます。
・衢地(くち)・・・諸国と隣接し、そこ押さえれば周囲にも睨み
を効かせる事のでき る場所
外交交渉を重視する事。同盟関係を結ぶのも大事で
す。
・重地・・・敵の真っ只中
必要なものは現地調達。量も充分に・・・。
・圯地(ひち)・・・道が険しく行軍が難しい場所
さっさと通過しちゃいましょう。
・囲地(いち)・・・道が狭く、撤退するには迂回しなければなら
ないような場所
自ら退路を断って、決死の覚悟で奇抜な作戦を用い
ます。
・死地・・・速やかに戦わなければ生き残れない場所
速やかに戦いましょう。生き残れませんから・・・。
言葉のパラドックスのために私は何を意味
・・・と、まぁ、ごもっともな事が書かれています。
わかりきった事と言えば、わかりきった事ですが、いつの時も基本を押さえておくのは大事ですから・・・。
古き名将は、切り崩し作戦を重視してきました。
先鋒と主力部隊を切り離し、上司と部下を切り離し、一丸となって戦えないようにしむけるのです。
しかし、もし、敵が万全の準備をして整然とやってきたら・・・
その時は、
『先んずその愛する所を奪わば、則(すなわち)聴かん』
「まずは、敵の最も重視しているモノを奪う事」
もちろん、それは、形ある「モノ」とは限りませんが・・・。
そして、それにはスピードも重要。
『人の及ばざるに』「気づかれないうちに」
『虞(はか)らざる道に』「思いもよらない道を」
『戒(いまし)めざる所を』「思いもよらぬ方法で」
攻撃するのだそうです。
たしかに・・・おっしゃる事はよくわかりますが、「思いもよらぬ道を思いもよらぬ方法で・・・」
簡単には、思いつきませんからねぇ~、なんせ思いもよらないんですから・・・
悲しいかな、凡人には、なかなか意表をつく方法は考えつきません。
次に、登場するのは、敵地での戦い方・・・上記で言うところの『重地』での作戦です。
ここでは、上記にある通り、必要な物は現地調達。
それも、充分なくらい余裕を持って調達します。
敵の領内の奥深くに進攻した場合は、兵は一致団結して、普段の力以上のものを発揮してもらわないとヤバイ事になりますから・・・。
愚か者の定義は何ですか?
兵には、たっぷりと休養をとり、充分に食事をして、鋭気を養ってもらって、戦力を温存しておかないといけません。
そして、いざ、戦いの時には、ここが敵地の真っ只中であるが故に、勝たねば退路が無い事を悟らせて、窮地に追い込んでしまうのです。
充分に休養をとった後に窮地に追い込まれた兵士たちは、「拘束しなくても団結し、要求しなくても全力を尽くす」のだそうです。
孫子は、「上手な戦とは、『卒然(そつぜん)』のようなものだ」と言います。
卒然とは、蛇の事。
その頭を撃てば尾で反撃をし、尾を撃てば頭で反撃して、胴を撃てば首尾ともに襲い掛かってきます。
この蛇のように軍を動かす事ができれば、戦上手と言えるのですが、では、その方法とは?
『呉人(ごひと)と越人(えつひと)と相悪(にく)むも、その舟を同じくして済(わた)り風に遇うに当たりては、その相救うや左右の手のごとし』
「呉と越、敵同士の二つの国の人であっても、同じ舟に乗って嵐に遭遇して、舟が危ないとなれば、お互いが協力して左右の手のように動くはずだ」
そうです。
良く聞く四文字熟語・『呉越同舟』です。
またまた、『孫子』が出典の金言です。
これは、単に陣地を同じにしたり、一緒に戦うといった意味ではなく、敵味方一丸となって・・・という事です。
このように、敵国同士を協力させるためには、政治の力が必要。
強者と弱者を協力させるには、地の利が必要だと説いています。
思想や政治、地の利をうまく利用すれば、全軍を、あたかも一人の人間のように扱う事ができるのです。
whtaは書き初めの意味はありません
これは、某国がよく使う手ですね。
内政がヤバくなると、海外に敵国を作って危機感をあおり、皆がそっちを憎むように持っていって、国民の注意をそらす・・・っていうアレです。
ところで孫子は、この『九地篇』では、「兵士に全力を出させるためには死地に追い込んで戦わせる」という事を、何度も強調します。
「末端の兵に任務の説明をする時は、有利な事だけ教えて、不利な事は内緒にしておく」とか、「命を賭けさせるためには、法外な恩賞も必要だし、無謀な命令を下す事も必要だ」とか、血も涙もないような事をおっしゃる。
『地形篇』では、
『卒を視(み)ること嬰児(えいじ)の如し・・・卒を視ること愛子の如し・・・』
「赤ちゃんのように、わが子のように愛さなければ、兵士は将と生死をともにしようとは思わない」
と言っておきながら、ここでは、「わざと退路を断てば、誰もが死ぬ気で戦う」などと書かれているのです。
たしかに、敵に対しては、「囲む時は逃げ道を作っておいて窮地に追い込むような事はするな(軍争篇)」と、敵を必死にさせないための方法を書いていますから、必死にさせるためにはその反対で、「退路を断って窮地に追い込む」のでしょうが、どうも、冷た過ぎる気がして、この箇所については、個人的には好きになれません。
まぁ、兵法ですから、戦争の仕方ですから、そこンとこは仕方がないのかも知れません。
どのみち、現代では「命を賭けて戦う」「勝つなら死んでも良い」なんていうのは通用しませんし、末端の兵も、大将も、君主も、命の重さは同じですから、ここは、命ではなく、「精神的に追い込む」という解釈をするのが正解だと思っています。
そして、最後に、敵地での作戦の集大成のような名言で、この章は締めくくられます。
敵地で戦う時は、まず関所を封鎖し、敵の連絡網を断ち、すみやかに軍儀して、敵が最も重視している部分を見極め、決定したら行動を開始します。
最初は、わざと敵の思うツボにはまったように見せかけて、隠密裏に、静に・・・そして、チャンスと見てとれば、先ほど見極めた敵の一点に兵力を集中して、先制攻撃をかけるのです。
『始めは処女のごとくにして、敵人、戸を開き、後には脱兎(だっと)のごとくして、敵、臥(ふせ)ぐに及ばず』
「始めは処女のように振舞って敵を油断させ、その後逃げるウサギのようにすばやく攻撃を仕掛ければ、もう敵は防げない」
これも、「始めは処女のごとく、後に脱兎のごとし」というよく知られた名言ですね。
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